めくるめくメルク丸

ゲーム/哲学/人生

心の奥の、もっと中まで入ってくる『すみれの空』

もう忘れてしまったことさえもとっくに忘れてしまった、幼少期の頃の心の疼きをくっきり、リアルに思い起こさせてくれる。
そして(この言葉はあまり使いたくないけど)そんな心を少しだけ癒してくれる。
今日はそんな希有なゲーム、『すみれの空』(Switch/Steam)について書きます。

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本作の主人公は片田舎で母親と暮らす、頑張って毎日を生きる女の子「すみれ」。

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ある朝、金色に光り輝く種を見つけ、鉢に植えてみたら、よく喋る花くん(『UNDERTALE』フラウィにちょっと似ている)が出現する

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本作はゲーム性やテーマにおいて、カナダ産インディーゲームの傑作『Night in the woods』を彷彿とさせるところもあり——


ああああああ こんなんダメや!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

こんなことをいくら書き連ねたところで、この文章を読んでくれている人が本作を購入し、プレイしてくれるとは思えない。

というわけで、仕切り直します(もう少しだけお付き合いください)。

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『すみれの空』が描く、世界の二面性

ある日、あなたは亡くなった、大好きな家族の夢を見た。
あなたの心には憂鬱で物悲しい通奏低音が流れている。
空が晴れ渡っていても、太陽が周囲を燦々と照らしていても、まだほの暗い朝、川の水がさらさらと流れていても、心は真夜中の森の奥のようにいつでも暗い。

望郷的な世界の中でも、そこにあるものは全て生々しい二面性を携えている。
子どもたちの心は脆く、ときに大人よりずっと逞しい。
田舎は自然に開かれているが、閉塞している。
生と死は隣り合わせに近接している。
他人はときに優しくて、ときにびっくりするほど残酷だ。
本作『すみれの空』の視点はどちらか一方に片寄らない。両方描く。

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中盤、打ち捨てられた家の中に誘導された少女は、いっそう闇の深い場所に入りこんでしまう。そこには見知った人々がいる。暗い影となった姿で。
彼らの心には、本人にさえ見えない闇がある。
闇の中で、少女は彼女たちの隠された悪意にみちた声を聞く。
ふだん悪意を向けてくる同級生ばかりか、愛するおばあちゃんでさえ、大好きなお母さんでさえも——! 闇の中では裏の顔を剥き出しにする。
それは少女の内側に潜んでいた顔、あるいは彼女たちの魂が隠ぺいしていた姿にも見える。

「暗闇を抜けなきゃ、その先の光は見えてこないんだヨ」花くんはしれっと言うが……。

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リアルで生々しい「わからなさ」

理屈も善悪も建前もない闇を垣間見ることが、はたして少女にとって必要なことなのか、あるいは少女の心を蝕むものなのか。わからない。そのわからなさが物凄くリアルだ。
そうした経験は、これからトラウマや猜疑心となって彼女の心を蝕むかもしれない。

でも闇と向き合った上で、少女は、この世界を愛すること/愛さないことを決めなければならない。ここでは少女の選択を強要するものは何もない。そして、選択にはいつだって責任が伴う。

少女(あなた)は淡い哀しみと恐れを抱いたまま、この世界を通り抜けていく。あまり笑わずに。親切な(ときに厚かましい)動物たちの願いを叶え、親友だった友だちに罵られ、大好きな男の子に思いを告げるか心の内にしまっておくか迷いながら。

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少女が夕方のバスに乗るシーンが好きだ(ぜひゲームをプレイして見てください)。
彼女は窓の外に流れる風景を少し悲しそうにぼんやり眺める。
この先、死んだ祖母に再会できるかどうかはわからない。

でも、座席に座っているのは夜明け前に目覚めた時とは少しだけ違ったすみれだ。
そしてあなたは、自分が忘れたことさえ忘れてしまっている心の傷が疼き、ほんの少しだけ癒されているのを感じるかもしれない。

『すみれの空』には、そんな具体的で現実的な効用が確かにある——僕は本当にそう思う。
何しろこのゲームを終えた後、何年も話していない父親に思わず電話してしまったくらいだ(出なかったけど…)。