めくるめくメルク丸

ゲーム/哲学/人生

『サウンドノベル 街』発売25周年を機に、その「唯一無二性」を考える(後編・対話篇)

2023年2月14日(火)午後1時40分

そこはかなり雑然とした狭い部屋だ。長時間窓を開けていないらしく、空気はかなり"もわっ"としている。
その部屋の住民であるゲームライターのラブムーは、片隅に置かれた小さなコーヒーテーブルにつっぷしていた。
テーブルの上にはPS VITA一番搾りの空き缶3缶、飲みかけの麦焼酎が入った
陶製の器が無造作に置いてある。そこにやってきたのは——

ドンドンドン!

ラブムー「むにゃ……ったく、どこのどいつだよ、日曜のまっ昼間っから……ひょっとして予約したPSVR2か? や、発売日まであと1週間あるし……」

ダンダンダン!

ラブムー「あ、すみません、もしヤマトさんでしたら置き配お願いできます?」

ダンダンダ……

ラブムー「(不織布マスクをつけて)はいはいはい……今開けまっせ」

カチャカチャ……ガチャッ

ふみえ(ラブムー実妹。元渋谷系ギャル。現ゲーオタOL)「ニイ、おっそよー」

ラブムー「なんだ、佐川さんじゃなくてお前か……何の用だ? ホグワーツレガシーなら買ってないぞ」

ふみえデラックスエディションでとっくに購入済みだよ」

ラブムー「何ぃ。なら、何用だ」

ふみえ「ナニ、いきり立ってんのよ。ニイ、こないだ、『街』のことブログに書いてたじゃん?」

ラブムー「これから後編したためてアップするとこだ。お前、『街』やったことあんのか?」

ふみえ「なかったんだけど。ニイのブログ読んで、なんか面白そうだからやってみようかなって、数日前に近所のゲオで買って、高校ん時に使ってたPSPでやってみた」

ラブムー「ああ、俺も記事の前編書いた後、VITAにダウンロードして、昨日20数年ぶりにエンディングに辿り着いたとこだ」

ふみえ「じゃあ兄妹で同じのやってたわけか。超面白いね!『街』」

ラブムー「お、じゃあちっと語らうか。ちな、どのへん面白かった?」

ふみえ「まっさきに感じたのは、当時の——っていうのはあたしが週末マルキューとかセンター街に夜な夜な通ってた2000年前後の、渋谷の風景がばっちり映ってることにびっくりした。タワレコとか道玄坂とか、ある意味、今よりリアルな感じ」

ラブムー「それな。実写の画素はめっちゃ粗いけど、や、粗いからこそ、90年代の渋谷の空気が真空パックされてるって感じなんだよな。それは当時、しょっちゅう渋谷に通ってたっていう現実のノスタルジーも多少は含まれてんだろうけど、それだけじゃなくて、"90年代の渋谷ってこんな感じだったけど半分仮想世界感"が滲み出てる」

ふみえ「ながっ。けどそうね。当時、写メで撮ってた古い画像より"あの頃感"あるわ」

ラブムー「だからさ、やっぱ『街』って天然記念物なんだって改めて思ったね。そして当時の時代と風景をばっちりキャプチャーした有形文化財でもある」

ふみえ「そだね。でも、渋谷の空気感を抜きにしても、アドベンチャーゲームとしてすっごく面白いと思うよ」

ラブムー「そこ、詳しく頼む。自分はリアタイでやってたから、思い出補正じゃないけど、『98年に出たチュンソフトの傑作ノベルゲーム』っていう刷り込みが強いから」

ふみえ「そうだなあ……。あたしはノベルゲーわりとやる方だと思うけど、『街』みたいなノベルゲーム、これまでやったことなかった。複数主人公の群像劇みたなゲームはいくつかやったと思うんだけど、全部実写で、現実に存在する場所で——キャラクターの行動が相互に関連しあって……みたいのって他になかった気がする。逆に、ある?」

ラブムー「うーん、結論から言うと、少なくとも"実写もの"では『428〜封鎖された渋谷で〜』以外ないと思う。まあ、『428』については後回しにするとして。だからさ、もし『街』みたいのを今作るとしたら実写FMV(フルモーションビデオ)で、豪華俳優出演!みたいのにどうしてもなっちゃうと思うんだよ」

ふみえ「ああ、レトロチカとかデスカムトゥルーみたいな?」

ラブムー「そうそう。『春ゆきてレトロチカ』ディレクターの伊東幸一郎氏は『街』が好きでチュンソフトに入社したくらいだから、実写の推理ものを作るにあたって『街』を多少意識してたことは間違いないと思う。もちろんレトロチカのゲーム内容は『街』とはだいぶ違うんだけど、なんだろ、"精神的な姿勢"というか通奏低音みたいのが『街』と共通してるなって思った」

ふみえ「よーするに、今『街』作ろうとしたら、ああいう止め絵主体のゲームにはならないってことだよね。せっかく動いてる映像があるんだから、これはフルモーションビデオでいきましょうぜって」

ラブムー「そう。実写、静止画メインの長尺ノベルゲームが『428〜封鎖された渋谷で〜』以降作られない最大の理由はやっぱり「コスト」だろうし。現代においてこのやり方で撮るなら、映画とか配信ドラマだって作れるわけだから」

ふみえ「レトロチカも、静止画とテキストだけのゲームだったらだいぶ違ってただろう、みたいな四方山話を前にもしたよね」

ラブムー「でも、レトロチカはあれで良かったんだよ。フルモーションビデオの推理ADVを作ることがあの作品の出発点だったはずだから。『街』の話に戻ると、今後こういう実写ノベルゲームが作られることって、まずないんじゃないかな。よほど売れないと採算取れないだろうし。企画段階でポシャりそう」

ふみえ「だからかな。『街』プレイしてると、すっごく贅沢なゲームって感じする」

ラブムー「俺も今回、たぶん20数年ぶりに再プレイしたんだけど、想像してたのとプレイ感、だいぶ違ったね」

ふみえ「どういう風に?」

ラブムー「プレイする前は、だいぶチープに感じるだろうなって思ってんだよ。経年劣化じゃないけど、今更これは……みたいな。でも、全然そうじゃなかった。むしろリッチみ増えてる」

ふみえ「リッチみ? だからあたしが言った"贅沢"ってことでしょ。無理矢理横文字にすんなっ」

ラブムー「すいません。あとこれは前回にも書いたけど、このゲームの特徴的なシステムの2つ——TIPSはともかく、ZAP(ザッピング)がこれほど緻密で、メインの面白さとして機能してるノベルゲームってそうはないよね。シュタゲを始めとする、綿密なSFとかタイムトラベルもののノベルゲーム用語解説に『街』の影響を如実に感じたりもしたが」

ふみえ「ザッピングって、構造的にはあみだくじパズルみたいじゃない? でもこれを長い物語とテキストでやるのが凄くオリジナリティーあるなって」

ラブムー「うん、かまいたち弟切草みたいに、ひたすら選択肢の分岐で物語を進めてくシステムを多層的に進化/深化させるなら、これしかないって感じだったんだろうね。ただ、このザッピングをこの大ボリュームのテキストで実現させるのはほとんど狂気の沙汰なわけで。まあ、PS版(『街〜運命の交差点〜』)からはフローチャートが可視化されたけど、内実はずっと複雑だったろうなあ。今みたいに便利な管理ソフトもなかっただろうし」

ふみえ「……やっぱ凄いゲームなんだねえ、『街』って。ただまあ、シナリオとかTIPSには正直、けっこう寒いのもあるって感じたけど」

ラブムー「そのへんも、昨今のゲームやドラマに慣れてるお前さんの意見を聞きたかった。具体的にどのあたりが"寒い"と感じた?」

ふみえ「コメディ主体のシナリオは若干きつい感じしたかな……まあ、あたしの好みもあると思うけど」

ラブムー「ただ、それも時代錯誤な"寒"さじゃなくて、ほとんど確信犯というか、悪ノリというか、全体ではバランス取れてると思うよ。他のシナリオはどうだった?」

ふみえ「シリアスなやつは、現代でも全然通用しそうっていうか、普遍的で面白い。今もダンカンさんの末路がめっちゃ気になってるもん。あ、ネタバレしないでね」

ラブムー「やっぱり長坂秀佳氏のシナリオが抜きんでてるってことなんだろうな。実は自分もそうなんだよ。『街』のシナリオでフェイバリット3つ選ぶとしたら『シュレディンガーの手 』『迷える外人部隊』、あと『オタク刑事、走る!』。で、この3つは長坂氏自身の筆によるものなんだよね」

ふみえ「そうなんだ。でも、総じて面白いよ。古かったり寒かったりする描写も、ちゃんと"ならでは"の味わいになってるっていうか。トータルで統一感あるから、ひとつひとつのシナリオの苦手なところもぜんぜん気になんない」

ラブムー「それは『街』っていう、巨大で魅力的な容れ物を作り上げたことの証左でもあるよね。麻野一哉氏を初めとする、制作陣の力も大きいだろうなあ」

ふみえ「『428』は長坂さんや麻野さんは関わってないんだっけ?」

ラブムー「うん、違う。そうだった、そろそろ『428〜封鎖された渋谷で〜』についても少し触れておきたい」

ふみえ「『街』クリアしたら、やるべき?」

ラブムー「実はあんまり憶えてないから多くは語れないんだけど(これからやり直す予定)——やっぱ『街』唯一の後継作だし、クオリティーもきわめて高いから、ノベルゲームファンは今でも充分楽しめると思う。ただ、同じシステム、舞台が渋谷、複数主人公って言っても『街』と面白さがだいぶ異なるけどね」

ふみえ「どう異なるの?」

ラブムー「えーっと……ちょっと長くなるぞ。(ノートPCを横目に見ながら)
『428』は、ひとつの事件に向かって主人公全員の運命が磁石に鉄片が引き寄せられるみたいに集結し、収束していく。対して『街』は、それぞれの登場人物の運命が相互に影響しあうことはあっても、同じ方向に向かって進んでいかないんだよね。スクランブル交差点みたいに、すれ違ったりぶつかったりしながらも、方向も目的もそれぞれ違う。自分は『街』のそういうところが好きだったんだな……って『428』やって、改めて思ったな。ハラハラもののクライム・サスペンスみたいな感じでは楽しめるけど、俺が『428』をそれほど高く評価しなかったのは、連続ドラマシリーズの面白さ・ビンジ感を『街』のシステムをそのまま使って実現させているものの、『街』に比肩するような新たなサムシングを生み出していないこと、"群像劇"としては退行しているように思われたからだと思う」

ふみえ「それ、記事用の下書きフォルダか何かに入れてた文章でしょ」

ラブムー「さすが、我が妹」

ふみえ「要するに『街』の面白さって、"群像劇" って要素が大きいってこと?」

ラブムー「まあ、そうだね。でも、自分は『街』は群像劇であると同時に、明確な主人公がいるとも思ってて。ふみえ、それは誰だと思う?」

ふみえ「いきなし名前呼ばないでよ……誰だろ、やっぱ雨宮桂馬? 一番キャッチーな感じだったし。それとも市川? や、牛尾さん馬部さん? 1人2役出演だし」

ラブムー「自分は『街』の主人公は、プレイヤー自身と、長坂秀佳氏その人に他ならないと思ってる」

ふみえ「ん、どういうこと?」

ラブムー「『街』は3人称の群像的っていうことになってるけど、3人称って、ようは眺望的な神の目じゃん。でも、この"神"っていうのはやっぱ長坂氏だなあって」

ふみえ「あ、なんかわかる。だってTIPSにしても、地の文にしても、思いきり出てるもんね、書いてる作家の視線っていうか——キャラクターが滲み出てる」

ラブムー「そう。だから純然たる3人称視点とは言い難いんだけど、この作品においては、長坂氏が幕袖からちょっと顔を出してるような感じが見事にハマってると思うんだ。こういうノリも『428』では消えてしまったけど。シリアスさとコミカルさとユーモラスさとペーソスのバランスが絶妙に取れてる感じは、長坂氏の視線と文体に由るものだなって」

ふみえ「あと『街』やってると、「自分」って壮大なドラマとか劇のひとこまに過ぎないっていう感じを実感するのよね。"過ぎない"っていうのは、自嘲的だったり空しいってことじゃなくて、自分も他者、他者も自分と全く同じ人生のいち主人公なんだっていう"気づき"っていうとちょっと大袈裟なんだけど……」

ラブムー「お前、今日は冴えてるじゃねえか。それこそまさに、長坂氏が本作を作った動機というかきっかけらしいぞ」

ふみえ「どういうこと?」

ラブムー「ちょっと長くなるけど『街公式ガイドZAP'S増補版』からの長坂秀佳インタビューから引用する(床に落ちていた本を開いて)。

長坂秀佳氏が渋谷の電話ボックスの中にいたら、「早く出てこい」とドアを叩かれ、怒りを覚えながら、「そいつにとっての俺は電話を占拠しているただのオヤジであって、脇役に過ぎないんじゃないか……と思ったんだ。逆に、俺の視点でのそいつは、うるさいヤツだ、と感じるだけの脇役になっている。同じ状況でもそれぞれのドラマがあるんだ」と感じたことから始まった(「What's Another STORY 長坂秀佳インタビュー」より) 

——ということらしい」

ふみえ「なるほどねえ。あとさっきの続きだけど、自分や人がとった行動とか言動も、たまたまのものじゃなくて、必然なんだなあって。それで自分の何気ない行動も確実に人の運命を変えてしまってる——また、逆もしかりだなあって。『街』やるまでは、なんか自分が自分の運命を自分で決めてるって感じしてたんだけど、神様の目から見たら——きっとそうじゃないんだろうなあって。そういうことを感じさせてくれるこのゲームって、すごいなあって」

ラブムー「"なあって"4回連ねてくれるとは泣かせてくれるなあ。じゃあ、自分も一席ぶたせてもらおう」

ふみえ「ごく手短にね」

ラブムー「俺が『街』から受け取った最大の衝撃。それは、小説でもテレビドラマでもない、全く新しい「何か」を生み出したこと」

ふみえ「その"何か"とは?」

ラブムー「たとえば、俺は"文芸"や"映画"といったポップカルチャーがゲームと同じように大好きだけど、もし『街』がノベライズしたゲームだったら、ここまで長く心に残らなかったと思うのね。あるいは『街』が連続ものの実写ドラマか邦画だったとしたら……正直、20年以上経ったらすっかり忘れてしまった可能性も高い」

ふみえ「でも"サウンドノベル"っていうこの形態だからこそ、これほど息の長い——ファンの心に残り続ける物語作品になったってことか」

ラブムー「そう。くどいけど、実写、テキスト、ゲームシステム。あと、"サウンドノベル"って冠されてるくらいだから、当然サウンドもだな。で、これだけの発明をしたにもかかわらず、自分はこの作品以後、実写でこれほど驚きを与えてくれるゲームに出合えなかった。少なくとも昨年の『イモータリティ』までは」

ふみえ「『イモータリティ』についてはIGN Japanさんで長々と書かせてもらったみたいだし、今日は割愛してもらえる?」

ラブムー「はいはい。とにかくさ、『街』はドラマでも小説でもない、新しい表現方法、あるいは物語の新しい形を具体的に示唆したってこと。そして、大切なのは、これはFMVゲームに至る過渡期的な作品じゃなかったってこと。これが完成形、マスターピースなんだよ。そしてこの『街』に比肩するような実写ノベルゲームを自分はまたいつかプレイしたいって思う。いつまでも『街』を唯一無二の作品にしていてはいけない。このジャンルの新たな傑作を誰かが作るべき。できれば日本で」

ふみえ「『街』を思わせるような作品って他にはないの? あったらやってみたいんだけど」

ラブムー「俺もそう思って今回Twitterで呼びかけてみたんだよ。そしたら、ありがたいことにずいぶん集まった。ほれ(ふみえにスマホを見せる)」


 

ふみえ「だいぶマニアックなタイトルもあるね……ニイ、どれかやったことある?」

ラブムー「それが、恥ずかしながらこの中では『Road96』だけ。あと、『十三騎兵防衛圏』を挙げてる人は一番多かったね。これもそのうちやらなきゃとは思うけど」

ふみえ「やってみたいよね。ただ、ノベルゲームではやっぱりないんだね、『街』みたいなゲームって」

ラブムー「うん、『街』はやっぱり、孤高の存在と感じる。【前編】にも書いたけど、実写と群像劇とザッピングシステムとをこれほど生かしたゲームを、その後見出すことができないから。あと、『街』とノベルゲームに目がないゲームファンには4gamer.netの記事をぜひ読んでほしいね。10年以上前の記事だけど、名うてのノベルゲーム制作者たちがサウンドノベル以降、いかにしてノベルゲームと格闘してきたかがよくわかる」

ふみえ「それ、あたしもずいぶん読んだなー。それじゃあ、最後に『街』発売25周年ということで手短にまとめてくれる?」

ラブムー「コホン……『街』は自身で高いバーを設定し、それを見事に跳び越えてみせた記念碑的実写ノベルゲームだと思います。その跳躍自体は素晴らしい到達点でしたが、ひょっとしたら——"実写ノベルゲームというものの敷居を底上げしてしまったのかもしれません。それはその圧倒的完成度によって追随するような作品が出ていないことからも窺い知れます。"実写ノベルゲーム"というジャンル自体が天然記念物化してしまったという事情もあるのでしょう。しかし希代の名作である『街』は、これからもプレイした人の心の片隅にずっとあり続けることは間違いありません。そして、本作は今からでも中古でPS版、あるいは自分みたくPS VITAにダウンロードすることもできるので、この機会にぜひともゲームファンのみならず、多くの方にプレイして頂きたいです」

ふみえ「(立ち上がって)長々とありがとね、ニイ。じゃああたし、これからコメダで『街』の残り2日間やりたいからそろそろ失礼するわ」

ラブムー「みなさん、本日は我々ゲーオタ兄妹の『街・四方山話』に長々とお付き合いくださってありがとうございました。遠からずまたお会いしましょう」

ふみえ「誰に向かって言ってんの(笑)またねー」