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ゲエムと微笑

微笑もてゲエム為す

『スプラトゥーン』という名の……

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スプラトゥーン。「ニンテン初のオンラインFPS」(いや、待てよ、Wiiの『007 ゴールデンアイ』があるじゃないか……)という下手な売り文句などゆうに飛び越え、昨年の任天堂における台風の目を担ったこのゲームについて、何かしら書こう、書かねば……そう意気込みながらも、いっこうに書けぬまま、「2015年内にきっと……」のたまいながら日々プレイしているうちに、とっくに2016年を迎えちまった今の私。*1そして、今だってろくすっぽ書ける気がしない。だけど、このままでは来年になっても書けないことは明白なので、とりあえず『スプラトゥーン』について今更ながら雑多に記してみようと思いました。もしよかったらお付き合いください。

 

スプラトゥーン雑感

任天堂は『スプラトゥーン』が会社の命運を左右する、とは言わないまでも、これほどのビッグタイトルになることを発売前から確信していたのか? あるいは発売後に「これはいける」といきなり身を乗り出したのか? それはわからない(たぶん、88%くらいの確信を持ってリリースしたのではないかと推測するのだが)。ともあれ、このゲームのヒットは売り上げ以上に大きい、と僕は考える。企業の「抜本的イメージアップ」は、きっと100万本突破よりもずっと難しいだろうから。スプラトゥーンはそれをやってのけた。イメージを高めながら売りまくり、売りまくりながらイメージを高めた。マリオやピカチュウやどうぶつたちに頼らなくても(いや、もう頼っても無駄なのか……?)新規タイトルで業界をここまで盛り上げることができたのだ。その意義はあまりにも大きい。

さらに任天堂はいつでもこのゲームを遊びたくなるような、あるいは遊ばなくれても忘れ去られることはないような、入念な工夫とプロモーションをこれでもかこれでもか、と盛り込んできた。ブレイクするように、そしてブレイクしてからも「目にかけてきた」。そして、しょっちゅう目にかけられることにたいていのユーザーは喜び、自らゲームの宣伝をしてくれる。

僕自身、スプラトゥーンには相当にのめりこんでいる。昨今発売されたゲームの中でもぶっちぎりに時間を費やしている。昨年末に確認してみたら、プレイ累計時間は400時間を軽く越えていた。ということは、たぶんもうすぐ500時間といったところだろうか。*2まあ、具体的なプレイ時間はたいした問題じゃない。たくさんプレイしたからそのぶん上手くなるわけでもないし(かなり個人差があります)、何かしら目的意識(あるいは向上心)を持たないと、いつまでやっても「ある領域」から抜け出せない。あるいは僕が「下手っぴ」なだけかもしれないが、やればやるほど『スプラトゥーン』をそういうゲームと感じる。門戸は大きく開け放たれているものの、目指す場所に向かう強い意思を持たないと、いつまでもだだっ広い戦場をうろうろ彷徨うことになる。まあ、何も考えずに浮き足立って彷徨っていることが楽しいゲームでもあるのだが、見た目に比べて相当にストイックなゲームであることは確かだ。

そしてこのゲームに存在する数多のファクター。ブキ、対戦相手、味方、ギア装備、立ち回り……これら「組み合わせの妙」によって、戦術と状況に相当多くのヴァリエーションが生まれる。しかし閑を持て余した大学生3年生ならともかく、「持ち時間」の限られた我々中年プレイヤーにとっては、全てのブキやギアの組み合わせを試すことなどまず不可能だろう。いや、時間の問題ではないのか? 僕に関して言えば、500時間もプレイしているにも関わらず、メインで使ってきたブキは2、3種類しかないし、ギア装備もほとんど固定、他のをろくすっぽ試してもいない。こういうのは年齢による保守的姿勢なのか? そうかもしれない。それでも、僕は今でも発売当初と同じようにそれなりにドキ・ワクしながらスプラトゥーンをプレイしている。良く言えばスレていないし、良くなく言えばまるきり進歩がない。500時間やっても未だにウデマエ「A−」から出られないのだが*3(できれば恥ずかしくて隠しておきたい)、新規のおチビちゃんたちには負けんぞ……などと意気込んでゲームパッドを握っている。

冷静になって考えてみると、このゲームに対する僕の心もちは、他のゲームに対するそれとはずいぶん異なるような気がする。たとえば何が?

まず、プレイ中の姿勢が違う。ここでいう「姿勢」とは、心持ちのことではない。スプラトゥーンを、僕はスタンド(立って)プレイしているのだ。立ってやるのがしっくりくるということもあるし、状況によってはゲームパッドをわりに大ぶりに振り回すので、座りプレイだとうまく操作できないんである。*4

たぶん、FPSにおいてこのような「立ちプレイ」はあまり褒められた操作姿勢ではないはずだ。それはわかってる。でも、もうこのスタイルで500時間プレイしてしまったのだし。今更「座ってやれ」というのは、右打ちのバッターに左バッターに転向しろというようなもの。や、もっと違和感あるかもしれない。

だから、僕はこれからも立ってスプラトゥーンをプレイするだろう……立ちっぱの仕事から帰って来てあまりにも疲れていると、やりたくてもやれない時だってあるが、それはまあ、仕方あるまい。そういう時はいつものように座ってできるゲームをすればいいんさ。そうですよね?

さて、軽くググ検してみると、スプラトゥーンを立ってプレイする輩はいるにはいるようだが、比率的にどの程度存在するのかはわからない。たぶん、全体の2〜3割くらいだろう、と(何の根拠もなしに)踏んでいるのだが、実際、どうなのだろう。立ってプレイされてる方、もしいらしたら教えてください。

 

なんだか、さっきからどうでもいいことばかり書き連ねているような気がしてきたな。まあ、何も書かないよりは少しはマシだろう(たぶん)。なので、もう少し続けてみます。

そう、このゲームを立ってプレイしていると、ふと幼少期の頃の記憶がフラッシュバックすることが多々ある。正確には、その頃の「幼心血」のようなものがふつふつとたぎってくるのだ。

 

「陣地取り」とスプラトゥーン

小学校低学年の頃だった。我々は裏山で水鉄砲やおもちゃの剣やカラーバットやら持って、数人対数人で分かれて「陣地取りゲーム」をしょっちゅうやっていた。細かいルールはほとんど憶えちゃいないが(いや、細かいルールなんてなかったのかもしれない)「勝利条件」は、互いチームの陣地(直系2メートルくらいの円。石か何かで囲って印をつける)を先に取った(到達した)ほうが勝ち、というものだった。

我々は怪我や喧嘩を避けるため、水鉄砲が顔に当たったり、敵が手に持っている武器(たいていは柔らかいプラスチック)に「ぴしゃり」と「ばしっ」と叩かれたら、その場でばたんと倒れなくてはならないという、微笑ましいルールを採用していた(それでもたびたび怪我人が出たが)。

見つからないように敵の裏をかいて相手陣地付近に忍び寄り、見張りがぼーっとしている隙を見ておもむろに奪うのがもっともスマートな勝ち方だったように記憶している。思い返してみると、初代メタルギアを彷彿とさせるような、じつに素朴な遊びだった。でも、たぶん男の子だったら1度はこんな遊びをしたことがあるのではないか? ただ、現在の子たちはこんな遊びはできないかもしれない。他の娯楽があまりに充実しているからというのもあるし、現在では(とくに都会では)当時の我々が遊んでいた裏山のような、凹凸ある、だだっ広い遊び場が圧倒的に少なくなったから。環境が子供の遊びを生み出す。それは認めなきゃならない。

話が逸れて……いない。たぶん。続けます。

さて、その頃、すでに外で遊ぶよりも家でファミコンをするほうが好きだったインドア派の僕は、こういうことがゲームでやれたらもっといいのに、と裏山に立ちすくんだまま感じていた。「こういうこと」というのは、隠れたり、水鉄砲を相手に向けて打ったり、水風船を投げたり、ホースで水かけたり、チャンバラをしたり、そんなようなこと全てだ。そんなようなことをゲームの中で実際にできる日が来るなんて当時の僕にはとても思えなかった。何しろ、離れた場所にいるプレイヤー同士が繋がるということも想像できなかった時代のことだ。

 

だがしかし、あれから30年。現在、僕がプレイしているこの『スプラトゥーン』は、まさにこの幼少期に夢見ていたゲーム、ほぼそのものだ。

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我々は4人ずつのチームに分かれ、互いの陣地を奪い合い、キルしあう(と言っても銃弾ではなく、インクをかけ合うのだが)。奪い合うのは陣地(エリア)だけではなく、お宝(ホコ)だったり、乗り物(ヤグラ)だったり。武器は水鉄砲やバケツや筆、ローラーなど、列挙に暇がないくらいたくさんさんさんある。そして各自好きな服やスニーカーや帽子を身に着け、キュートでクールなイカ人ボーイor ガールとなって戦争(ごっこ)をする。

おいおい、こんなの……面白くないわけないじゃなイカ!

発売日に即DLしてから、このゲームをほぼ毎日、幼少期の自分に向かって「ほらほら、これがあんたの望んでいたゲームだろ?」と言わんばかりにプレイしまくっている。すると幼少期の自分が、「うん、そうだ、これだよ、これこれ!」と嬉しそうに目をランランとさせて遊んでいるのが見えるし、聴こえる。本当だ。

人が1日に使える時間には限りがあるし、正直、大人になった僕は何時間も立ったままFPSに興じるより、1人でじっくり腰を据えてやるゲームのほうが性に合っている。はずなのだが、この8ヶ月間、そうしたゲームに費やす時間を削りに削ってこのスプラトゥーンに費やしてきた。まるで幼少期の自分を呼び戻し、一緒に遊んでいるような心持ちで……。

 

そうだ、心持ちの違いについて記していたのだった。いつになく幼少期の心持ちになる。それから? 『スプラトゥーン』をプレイしていると、恐ろしいほど時間がびゅんびゅん過ぎ去っていく。おいおい、どうなってんだ……などと口をつきそうになる。

あと30分、もう30分……昼に始めたはずが、窓の外がだんだん暗くなり始めている。同じく任天堂におけるオンラインゲームの雄である『マリオカート8』と比べてワンプレイの時間はたいてい長いのだが、体感時間は驚くほど短い。僕はゲームに対して「時間泥棒」という言い方を全く好まない。こちらが好きでやってるのだから「泥棒」という言い方はないだろう。でもスプラトゥーン』内には明らかに、他のゲームと何か異なる時間が流れているように感じられる。あるいは、面白いFPS(TPS)というのは、総じてそういうものなのか? 僕はこのゲーム以外のFPSは『ゴールデンアイ007』しかプレイしたことがないからな。あとは『DOOM』とか。古くてすみません。

さて、この『スプラトゥーン』の体感時間の特異性(平たく言えば「あっというま!」)についてはもう少し遊んで何かしら掴めたらまた書きます。

*1:※現在2017年。夏に『スプラトゥーン2』発売を控えて、頻度は落ちたものの今もプレイしています。

*2:※2017年現在は1000時間を超えています。

*3:※2017年現在はウデマエA+をキープ。たまにSに上がれるが、すぐに落ちる。

*4:スプラトゥーン2も立ちプレイ予定。