ゲエムと微笑

微笑もてゲエム為す

4月6日(木)晴れ

昨日プレイしたゲーム 『ショベルナイト』(WiiU)『Miitopia』体験版(3DS

『ショベルナイト』新シナリオが昨日配信された。『スペクター・オブ・トーメント』。前回の『プレイグ・オブ・シャドウ』に次ぐ3度めのDLC。無料。

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大事なところなので、ちっとばかり声を大にしてもっかい言わせてください。前回のも今回のも、まったき「完全無料ダウンロード・コンテンツ」です。

そしてこれ、やってみた方は同意してくださることと思いますが、内容が「おまけ」を逸脱しています。本編並みのヴォリューム。ばっちり作り直されたマップとBGM。敵キャラや背景など、おおまかに流用しているといえ、しっかり手間と労力がかかっている。個人的意見では、500円(以上)取って良いレベル。

『ショベルナイト』の総売り上げ本数は寡聞にして知らないのですが、購入したユーザーの5分の1くらいはこの追加DLCにお金を払いそうな気がする。そしてこのぶんだと、「第3弾」もありそう。そして、それもきっと無料であろう。いったい、どうしてショベルナイト製作会社はこんな太っ腹なことをしてくれるのか。製作者にちゃんとお金が入る仕組みになっているのだろうか。それとも、追加DLCは本編の製作者とは別チームが作っているのだろうか(まさか任天堂産とか?)。

あるいはSWITCHで年内に出る(であろう)『ショベルナイト』への布石か。しかしWiiU版ないし3DS版を購入し、無料DLCも手に入れたユーザーが、SWITCH版も購入するだろうか?と問うてみると、よほどのファンでない限り、その可能性は薄いだろうと言わざるを得ない。

新規ユーザー開拓への意思表明? ひょっとして、任天堂はこの『ショベルナイト』をスーパードンキーコングリターンズシリーズに次ぐ、任天堂2Dアクションゲームの柱にしようとでも目論んでいるのか。そのうち、全ボスキャラのamiiboが出るとか。来るべき『マリオカート8DELUX』の隠しキャラにショベルナイトが出るとか。完全続編がSWITCHで出るとか。揣摩憶測だが、どれもあり得ない話ではない。

ともあれ、今はこのDLCをあくまで製作側からの「ファン・サービス」と思って、厳粛に受け止めるとしよう。ただ、この追加DLC、本編と比べると難しくて手が止まってしまうことが多いんだよな……やるけど。

 

昨晩、寝しなに『Miitopia』体験版をDLして遊んでみた。なんだって今頃配信?と思ったのだけど、きっと思っていたよりも売れていないから「テコ入れ」のしてみたのだろう。「無料で良いからちょっと触ってみてよ。触ればわかるからさあ。」そんな任天堂らしい、焦燥感混じりの自信のほどが伺われる。

で、やってみた。端的に言って、面白い。登場人物がほとんどMiiなので、いかにもネタっぽい雰囲気が漂っているが、そこかしこに「本気」を感じる。テンポもすこぶる良い。『トモダチコレクション』と違って、現実の知人・友人を登録しなければいけないような強迫観念を感じないことも大きい。

時間を忘れて進める。やれやれ、買うか。まったく、またしても任天堂の思うつぼだ。しかし、これなら発売日前後に配信するべきだったような気もする。いや、間違いなくそうするべきだったはずだ。まあ、いいけど。

余談だが、最近、3DSとWiiUの画面をキャプチャーできる機器が欲しい。ついでに、配信動画を撮れる機器も欲しい。モニターをそのままiPhoneで撮ったり、Googleで拾ってきた「ありもの」の写真を貼り付けるのはあまり気が進まない。しかし、今更買い揃えるのもなあ……本当にSWITCHはそのうち(PS4ブロードキャスト)と同じようにリアルタイム動画配信できるようになるのだろうか? あまり期待できないが、一応期待しておこう。今日はここまで。

ブレワイの終焉(私の場合)

今朝、ゼルダブレワイをプレイ中。とある祠の中で、私はこのゲームから降りることを決意した。いや、これまでの経緯を考えると、「決意することができた」と言うべきかもしれない。

何が起こったのか?

手っ取り早く言うと、「詰まった」。と言っても、謎解きに詰まったわけではない。重たい石球が扉に詰まった時、僕は世間から「大傑作」と賞賛されているこのゲームを進める気力が消え失せてしまったのだ。

 

ことの顛末を簡単に説明させてください。

 

祠の名前は忘れた。それまで訪れた祠と比べると比較的広い祠だった。いつものようにあまり気乗りしないまま進めていくと、転がってくる石球を(スイッチに乗ることによって)床を動かし、テコの原理(と言うべきか)で弾くことを要請される場面があった。

ゼルダ不器用なので、なかなか石球がテコの床に乗る寸前にスイッチに乗れない。これをシーソー状の床をビタロックで固定している数十秒の間に行わなければならない。ブレワイをプレイしているほとんどの人にとってはごく簡単な動作かもしれないが、私はこんなことでけっこう苛々してしまう。

それでもしばらく根気強く続けていると、ビタロックで止めたシーソー床に向かって、弾かれた巨大な石球が、ごろん……ごろん……と力なく転がっていった。そして、石球はその先にある石扉をぎぃ……と半端に押し開けた。謎が解かれたことを示唆するお馴染みの効果音が高らかに鳴り響いた。

が、石球は扉の片側に依然留まったままだ。先に進めない。扉と石球の僅かな隙間に身を潜り込ませることはできない。石球に登ることも破壊することも動かすこともできない。新しい石球をぶっつけて破壊することもできない。できない三昧である。

こりゃ、詰まったな。

できることは、床下に広がっている巨大な深遠の闇に向かって身を投げることくらいだろう。
しばしの空しい努力と逡巡の後、仕掛けが「初期状態」に戻ることを期待してリンクこと私は闇に向かって身を投げた。
が、ハートを1つ失って同じ部屋に戻っても、石球は扉の片側に留まったままだ。(予想していたことではあったが。)

と、なると? 数回身投げして「ゲームオーバー」。それしかあるまい。
中断し、カートリッジをSWITCH本体から引き抜くことを考えた。今思うと、石球が扉の片側に詰まったその瞬間に、私はこのゲームを止めることを決意したのだろう。が、その冴えない祠の中で、それなりに長時間をともにしたこのゲームとお別れすることは私のささやかな主義に反した。

私は嫌々ながら数度身投げし、祠の出発点に戻った。そして再び件の部屋まで進み、石球を今度は勢い良く弾いて、重い扉を押し開けた。その先の仕掛けを解き、導師から克服の証を受け取り、暗く湿気の多い祠から出た。

 

野生の息吹が漂う草原には、灰色の毛をなびかせたホワブル(私の愛馬)が待っていた。私はホワブルにまたがると、手綱を握り、朝の眩い光の中を颯爽と駆け出した。ブレワイと保険証を肩かけの革袋に突っこみ、隣町のGEOに向かって……。

4月4日(火)晴れ

昨日プレイしたゲーム『ショベルナイト』(3DS)『ゼルダの伝説 ブレスオブワイルド』(SWITCH)

まあた、『ショベルナイト』かいな……(そんな君の声が聴こえた気がした)。

いやいや、よく見てください。昨日は3DSの方です。

そりゃあ失礼、でもなんだって3DS版? 2周め&別シナリオはWiiU版で挑むんじゃなかったんか?(そんな君の声が聴こえた……気が……)

ええ、そのつもりですがね。

ただ、昨日は異様に疲れており、ちょっとだけゼルダブレワイやったら、WiiU電源を入れる気になれず、ソファに寝っ転がって(構造上、首と頭は下ろせないため、この体勢でゲームを長時間やると後で神経痛になるのだが……)、文庫本を読んだり、3DSと戯れるくらいが精一杯だったのです。

で、3DSを立ち上げてみたところ、『ショベルナイト』が挿さっているじゃありませんか。で、思わず始めてみると、セーブデータがクリア直前になっているじゃありませんか。なんてこったい、僕は自分が3DS版もクリアしたと思いこんでいたのですが、これは勘違いだったようです。たぶん、WiiU版と比べて操作性があまりに宜しくないので、ラスト直前ステージ(ここは本当によく落ちる……穴に)で止めてしまっていたのでしょう。

というわけで、こちら3DS版もとりま(とりあえず、まあ)クリアしました。しかし、やはりアクション系は携帯機でプレイするのはいささか辛い。目も腕も指も疲れる。携帯ゲーム機には3DダンジョンのRPGや、腕よりもおもに頭を使うパズルゲー厶なんかがもっとも合っているのではないか……『ショベルナイト』をWiiU版、3DS版と続けてやってみて、改めてそう思った。

そういうわけで、『ショベルナイト』2周めと別シナリオ(おあつらえむきに、今日、新シナリオが配信されることになっている)はWiiUの方でやります。ご勝手に、とは君まで言うな。

そうそう、昨日もちょっとだけゼルダブレワイをやりました。試練の祠を1つクリアして、ハイラルをちょっとぶらぶらして、新しい祠に入った。でも試練を始めて10分くらいで「ふっ」と面倒になって、止めちまいました。どう考えてもこれ以上続けるべきではなさそうだ……。どうしよ、俺のブレワイライフ。

4月1日 小雨

昨日プレイしたゲーム『ショベルナイト』(WiiU

『ショベルナイト』3度目(3周めに非ず)。クリアした。

さほど感慨はない。なにしろ(3DS版を含めて)3度めのエンディングである。

3度めにしては、けっこう手間取ってしまった。ラスボスの倒し方もすっかり忘れてしまってた。しかし、いったん気づいてしまえば、「ラストなのにぬるすぎだぞ」的ラストバトルが展開される。これは2周めに期待しよう。

「涙腺が緩む」とは言わないまでも、なかなか素敵なエンディングを終え(エンディングもすっかり忘れていた。去年のゲームだってのに)、さらに迎えるべくは、昨年諦めた2周め(装備品は引き継がれるものの、難易度が著しく上がる)とDLコンテンツ(敵キャラによるサイドストーリー)。

はたして、そこまでやれるのかな? 正直、わからない。いやいや、そこまでやるのが3度めを始めた目的だろう。

ただ、発売されたばかりの『マリオスポーツ スーパースターズ』(何を隠そう、私はそれなりにマリオテニスファンである)と、SWITCHでいずれリリースされる『真・女神転生Ⅴ』の布石であろう、破格のセール価格(2500円)でDL配信されている『真・女神転生Ⅳ FINAL』がかなり気になっているんだよ。SWITCHとゼルダブレワイが欲しくとも、なかなか手に入らない輩たちからしたら、「いったいコイツはSWITCHとゼルダを持っていながら何を言ってんだ?」と疎まれるだろうが。

私はゲームにおいて、かなり「移り気」ゲーマーである。それは認めなきゃならない。ともあれ、土/日は早朝から喫茶為事が控えているから、もう寝なきゃならない。きっとまた月曜日に。僕は週末はたぶんほとんどゲームできないが、皆さんにとって、快いゲーム週末でありますよう。

3月31日(金)曇り

昨日プレイしたゲーム WiiU『ショベルナイト』

 ここ数年、所謂「アクションゲーム」(FPS格闘ゲーム含む)をプレイしていると、「いったい、いつから己はこんなにゲームが下手になったのか?」そう思わないわけにはいかない。

昔自慢話をしても仕方がないが、少しだけさせてください。

遥か昔は今とはかなり違ったんです。不思議のダンジョン(古くは『トルネコ』『風来のシレン』)だろうと、テキストアドベンチャー(古くは『ポートピア連続殺人事件』『ミシシッピー殺人事件』)だろうと、RPG(古くは『ハイドライド』『エスパードリーム』)だろうと、格闘ゲーム(古くは『イーアルカンフー』『ケルナグール』)だろうと、レースゲーム(古くは『アウトラン』『ナムコレーシング』)だろうと、己のゲームの腕前と忍耐力は(多少の鯖読みを考慮しても)けっこう「良い線」に達していたように思う。実際、往年のナムコゲー厶(『パックランド』『スターラスター』『メトロクロス』……いつの時代だよw)に関しては、周囲によく感心されていた。いや、ほんに。

例外はパズルゲーム(古くは『ロードランナー』『バベルの塔』)とシミュレーションゲーム(古くは『ファミコンウォーズ』『信長の野望』)で、これは昔から(もちろん今も)どうしようもなく苦手である。あ、コナミスポーツゲームパワプロウイイレ)も、練習すればそこそこ動かせるようになったけど、どちらかと言えば苦手だったな。1998年フランスワールドカップ時(前世くらい遠い昔に感じる)の64版ウイイレを友人たちと何百時間費やしたかわからないくらい遊んだのはそれなりに良い思い出だが。

98年……そう、「自分はゲームがそれなりに上手いのだ」と思えていたのはたぶん2000年くらいまでの話。

 

冒頭の繰り返しになるが、ここ数年、どんなゲームをやっていても、たいてい歯ぎしりするか、歯がゆい思いをしている。いったいいつ頃から、自分の腕前がメインストリームのゲームと乖離し始めたのか?と問うてみると、たぶんPS3/Xbox360が世を席捲する少し前——と言うことは、やはり今から10数年前からだろう。

あの頃、僕は主流の洋ゲーGTAだのディアブロだの)や国産AAA級ゲー(って言うのでしょうか。FFとかダークソウルとかそういうの)から完全に背を向け、ひたすら任天堂ゲーに興じていた。具体的に言うと『Wii Sports Resort』とか『パイロットウィングス』とか『ドンキーコング リターンズ』とかWii Wareゲーとか懐かしのヴァーチャルコンソールを漁ったり……。あの頃の「ぬる任天堂ゲーマー時代」は、それはそれで本来的だったし楽しかったが、昨今の大物タイトル(それらは主にPS4からリリースされる)に対する耐性を培ってはくれなかった。まったくもって。

 

しかし、この『ショベルナイト』などは、僕がもっともゲームの腕前に自負を持っていたFC/SFCの頃の2Dアクション(具体的に言うと『ロックマン』シリーズや『悪魔城ドラキュラ』シリーズ)に(表面上は)限りなく近いゲームなので、これくらいはすいすいと滑るようにプレイしたいところだが、なかなかそうは問屋が卸してくれない。今回2度めのプレイだというのに、すでにため息が50回ばかりオートマチックに漏れるほど死んでいる。

ゲームが理不尽に難しいわけではない。どころか、このゲーム、(少なくとも1周めは)恐ろしいほどの「親切設計」なのだ。とくに、序盤で手に入る或るレリック(ゲージを消費する特殊能力のようなもの)と、ステージ上にふんだんに用意された再開ポイントのおかげで、クリアするだけなら、技術も根気も時間もほぼ要らないように思う。

言ってみれば、1周めは「デモンストレーション」のようなもので、「本番」は、2周めからのゲームである。うろ覚えだが、この2周めと追加DLCがけっこうハードに感じて、昨年、途中で投げてしまったのだ。しかし、今年の僕は、昨年いくらか蓄積された経験によって、少しは昔の自分の腕前に近づいていると信じたい。

今はようやく1周めのラストステージ。とりま今晩、クリアしてしまおう。

3月30日(木)晴れ

昨日プレイしたゲーム SWITCH『ゼルダBOW』 WiiU『ショベルナイト』 PS4ドラゴンクエストビルダーズ

『ショベルナイト』2周目。一昨日から始めて、そろそろエンディング間近。

僕は所謂「トロコン」の類いにはさほど興味がない(基本的にゲーム下手だから最初からあきらめている)のだけど、このゲームに関しては、できる限りコンプリートを意識しながら進めている。頑張れば、自分にもできそうな気がする。去年の初周プレイ時では、レリック(必殺技のようなもの)も譜面(町にいる吟遊詩人に渡せば、1枚につき1曲を演奏してもらえるサウンドテストのようなもの)もろくすっぽ取らずにエンディングを迎えた。

それから数ヶ月後、3DS版も購入した。「なんだって、同じゲームを?」と(ファン以外には)いぶかしがられるかもしれないが、3DS版ならどこでもプレイすることができるし、立体視にも対応している。そのうえショベルナイトのamiiboが付いてくる。買わない手はない。

実際、『ショベルナイト』はかなり素敵なゲームだ。

当方、かなり多くの任天堂ゲーをプレイしてきたつもりだけど、その中でもベスト20には確実に入る。去年、久方ぶりに会った友人の息子(ゲーム好き)に『ショベルナイト』と『星のカービィ ロボボプラネッツ』を両方プレイしてもらって、プレイ後、「どっちがおもしろかった?」と訊いたら、「ロボボ!」と即答していたが。まあ、それはそうだろう。カービィのほうがずっと派手だし、可愛いし、人気者だし。

幼児にショベルナイトの持つ微妙な諧謔と可笑しみが伝わるとは思えない。なんのかんので、『ショベルナイト』の作風がもっとも響くのは、FCアクションゲーム黎明期を通過した大人たちだろう。でも、作風を抜きにしても『ショベルナイト』は瞠目に値するほど良くできた作品だ。世界観とセンスが抜群に優れていて、敷居は低い。往年の2Dアクションゲームの「良いとこ取り」と言ってしまえばそれまでだが、はたして、ここまでのレベルで過去の2Dゲーのエッセンスを消化し、現代でも通用するゲームに昇華された2Dアクションゲームはあっただろうか?(いや、そうあるものではなかろう)もともと小規模インディーゲーの出自である『ショベルナイト』を「発掘」し、独占販売した(amiiboまで出たのはかなり驚きだった)任天堂の目はそこまで曇っていないようだ。たぶん。

 

『ショベルナイト』については、これからもちょこちょこ書くことになるだろうから、このへんにしておこう。

問題(というべきか)は、『ゼルダBOW』で、SWITCH本体記録によると、僕はこのゲームを一応20時間以上プレイしているらしい。が、全然ダメだ。歩いても走っても馬に乗っても馴染まない。楽しめない。世界(ハイラル)に入りこめていない。やればやるほど、入りこめない自分を感じて息苦しくなっている。

ゲーム自体は一級品だ。褒めようと思えばいくらでも褒められる。世間が絶賛(ほぼ)一色になっていることに対してもとくに異論はない。ただ、僕にはどうしても合っていないのだ。『風のタクト』以降のゼルダが自分に響いてこなかったことから鑑みて「青沼氏の作風が自分の好みと合っていない」ということかもしれないし、『GTA』シリーズも昔から好きになれないことからすると、「オープンワールド」という形態が自分に合っていないということなのかもしれない。あるいは「どっちも。」かもしれない。

とにかく、僕はこれ以上、『ゼルダBOW』をプレイするべきではないだろう。明日、GEOに売りに行こう。そうするべきだ。いや、もうちょっと待て。

さて、『ビルダーズ』に関してはもう少し話が複雑だ。

このゲームは少し遊んでみて、端的に「面白い」と感じた。1日中やってる暇があって、やっていようと思えば、苦もなくやっていられるだろう。耳に懐かしいすぎやまこういちBGMはひたすら心地よく、「素材を集めて道具や町を作る」という作業的な行為もアレフガルドでなら楽しめる。常に「おつかい」を頼まれるから「何をすれば良いかわからなくなる」こともない。自己内アレフガル度を脳内補完し、ひたすら歩き回っているだけで、古参ドラクエファンとしては、懐かしい故郷に戻って「町おこし」しているような気分になれる。じつによくできた癒しゲーだ。そして、このゲームを癒しゲーと思えるような自分のようなユーザーこそ、このゲームのまったき「ターゲット」であろう。

しかし。このゲームを30時間ばかりプレイして、「これ以上は続けるべきではない」という結論に至った。しつこいが、「やれ」と言われれば喜んでやっていられる。100時間を越えたら、きっと200時間プレイしてしまう。200時間プレイしたら、300時間は越えられる。たぶん。

しかし、その時間と余力を、僕はまだ見ぬ、新しい刺激をもたらしてくれるであろうゲームに費やしたい。比べるのも野暮かもしれないが、これなら『マインクラフト』や『テラリア』をプレイしながらロウバイしているほうがマシだ(やるかどうかは別として)。しかし、『ビルダーズ』を手元に置いておいたら、きっとちょっとした時間の合間についついプレイしてしまうことになるだろう。それは認めなきゃならない。

そういうわけで、『ビルダーズ』もGEOに売却しようと思う。DL版と迷ったが、パッケ版にしといて良かった……たぶん。

『スプラトゥーン』という名の……

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スプラトゥーン。「ニンテン初のオンラインFPS」(いや、待てよ、Wiiの『007 ゴールデンアイ』があるじゃないか……)という下手な売り文句などゆうに飛び越え、昨年の任天堂における台風の目を担ったこのゲームについて、何かしら書こう、書かねば……そう意気込みながらも、いっこうに書けぬまま、「2015年内にきっと……」のたまいながら日々プレイしているうちに、とっくに2016年を迎えちまった今の私。*1そして、今だってろくすっぽ書ける気がしない。だけど、このままでは来年になっても書けないことは明白なので、とりあえず『スプラトゥーン』について今更ながら雑多に記してみようと思いました。もしよかったらお付き合いください。

 

スプラトゥーン雑感

任天堂は『スプラトゥーン』が会社の命運を左右する、とは言わないまでも、これほどのビッグタイトルになることを発売前から確信していたのか? あるいは発売後に「これはいける」といきなり身を乗り出したのか? それはわからない(たぶん、88%くらいの確信を持ってリリースしたのではないかと推測するのだが)。ともあれ、このゲームのヒットは売り上げ以上に大きい、と僕は考える。企業の「抜本的イメージアップ」は、きっと100万本突破よりもずっと難しいだろうから。スプラトゥーンはそれをやってのけた。イメージを高めながら売りまくり、売りまくりながらイメージを高めた。マリオやピカチュウやどうぶつたちに頼らなくても(いや、もう頼っても無駄なのか……?)新規タイトルで業界をここまで盛り上げることができたのだ。その意義はあまりにも大きい。

さらに任天堂はいつでもこのゲームを遊びたくなるような、あるいは遊ばなくれても忘れ去られることはないような、入念な工夫とプロモーションをこれでもかこれでもか、と盛り込んできた。ブレイクするように、そしてブレイクしてからも「目にかけてきた」。そして、しょっちゅう目にかけられることにたいていのユーザーは喜び、自らゲームの宣伝をしてくれる。

僕自身、スプラトゥーンには相当にのめりこんでいる。昨今発売されたゲームの中でもぶっちぎりに時間を費やしている。昨年末に確認してみたら、プレイ累計時間は400時間を軽く越えていた。ということは、たぶんもうすぐ500時間といったところだろうか。*2まあ、具体的なプレイ時間はたいした問題じゃない。たくさんプレイしたからそのぶん上手くなるわけでもないし(かなり個人差があります)、何かしら目的意識(あるいは向上心)を持たないと、いつまでやっても「ある領域」から抜け出せない。あるいは僕が「下手っぴ」なだけかもしれないが、やればやるほど『スプラトゥーン』をそういうゲームと感じる。門戸は大きく開け放たれているものの、目指す場所に向かう強い意思を持たないと、いつまでもだだっ広い戦場をうろうろ彷徨うことになる。まあ、何も考えずに浮き足立って彷徨っていることが楽しいゲームでもあるのだが、見た目に比べて相当にストイックなゲームであることは確かだ。

そしてこのゲームに存在する数多のファクター。ブキ、対戦相手、味方、ギア装備、立ち回り……これら「組み合わせの妙」によって、戦術と状況に相当多くのヴァリエーションが生まれる。しかし閑を持て余した大学生3年生ならともかく、「持ち時間」の限られた我々中年プレイヤーにとっては、全てのブキやギアの組み合わせを試すことなどまず不可能だろう。いや、時間の問題ではないのか? 僕に関して言えば、500時間もプレイしているにも関わらず、メインで使ってきたブキは2、3種類しかないし、ギア装備もほとんど固定、他のをろくすっぽ試してもいない。こういうのは年齢による保守的姿勢なのか? そうかもしれない。それでも、僕は今でも発売当初と同じようにそれなりにドキ・ワクしながらスプラトゥーンをプレイしている。良く言えばスレていないし、良くなく言えばまるきり進歩がない。500時間やっても未だにウデマエ「A−」から出られないのだが*3(できれば恥ずかしくて隠しておきたい)、新規のおチビちゃんたちには負けんぞ……などと意気込んでゲームパッドを握っている。

冷静になって考えてみると、このゲームに対する僕の心もちは、他のゲームに対するそれとはずいぶん異なるような気がする。たとえば何が?

まず、プレイ中の姿勢が違う。ここでいう「姿勢」とは、心持ちのことではない。スプラトゥーンを、僕はスタンド(立って)プレイしているのだ。立ってやるのがしっくりくるということもあるし、状況によってはゲームパッドをわりに大ぶりに振り回すので、座りプレイだとうまく操作できないんである。*4

たぶん、FPSにおいてこのような「立ちプレイ」はあまり褒められた操作姿勢ではないはずだ。それはわかってる。でも、もうこのスタイルで500時間プレイしてしまったのだし。今更「座ってやれ」というのは、右打ちのバッターに左バッターに転向しろというようなもの。や、もっと違和感あるかもしれない。

だから、僕はこれからも立ってスプラトゥーンをプレイするだろう……立ちっぱの仕事から帰って来てあまりにも疲れていると、やりたくてもやれない時だってあるが、それはまあ、仕方あるまい。そういう時はいつものように座ってできるゲームをすればいいんさ。そうですよね?

さて、軽くググ検してみると、スプラトゥーンを立ってプレイする輩はいるにはいるようだが、比率的にどの程度存在するのかはわからない。たぶん、全体の2〜3割くらいだろう、と(何の根拠もなしに)踏んでいるのだが、実際、どうなのだろう。立ってプレイされてる方、もしいらしたら教えてください。

 

なんだか、さっきからどうでもいいことばかり書き連ねているような気がしてきたな。まあ、何も書かないよりは少しはマシだろう(たぶん)。なので、もう少し続けてみます。

そう、このゲームを立ってプレイしていると、ふと幼少期の頃の記憶がフラッシュバックすることが多々ある。正確には、その頃の「幼心血」のようなものがふつふつとたぎってくるのだ。

 

「陣地取り」とスプラトゥーン

小学校低学年の頃だった。我々は裏山で水鉄砲やおもちゃの剣やカラーバットやら持って、数人対数人で分かれて「陣地取りゲーム」をしょっちゅうやっていた。細かいルールはほとんど憶えちゃいないが(いや、細かいルールなんてなかったのかもしれない)「勝利条件」は、互いチームの陣地(直系2メートルくらいの円。石か何かで囲って印をつける)を先に取った(到達した)ほうが勝ち、というものだった。

我々は怪我や喧嘩を避けるため、水鉄砲が顔に当たったり、敵が手に持っている武器(たいていは柔らかいプラスチック)に「ぴしゃり」と「ばしっ」と叩かれたら、その場でばたんと倒れなくてはならないという、微笑ましいルールを採用していた(それでもたびたび怪我人が出たが)。

見つからないように敵の裏をかいて相手陣地付近に忍び寄り、見張りがぼーっとしている隙を見ておもむろに奪うのがもっともスマートな勝ち方だったように記憶している。思い返してみると、初代メタルギアを彷彿とさせるような、じつに素朴な遊びだった。でも、たぶん男の子だったら1度はこんな遊びをしたことがあるのではないか? ただ、現在の子たちはこんな遊びはできないかもしれない。他の娯楽があまりに充実しているからというのもあるし、現在では(とくに都会では)当時の我々が遊んでいた裏山のような、凹凸ある、だだっ広い遊び場が圧倒的に少なくなったから。環境が子供の遊びを生み出す。それは認めなきゃならない。

話が逸れて……いない。たぶん。続けます。

さて、その頃、すでに外で遊ぶよりも家でファミコンをするほうが好きだったインドア派の僕は、こういうことがゲームでやれたらもっといいのに、と裏山に立ちすくんだまま感じていた。「こういうこと」というのは、隠れたり、水鉄砲を相手に向けて打ったり、水風船を投げたり、ホースで水かけたり、チャンバラをしたり、そんなようなこと全てだ。そんなようなことをゲームの中で実際にできる日が来るなんて当時の僕にはとても思えなかった。何しろ、離れた場所にいるプレイヤー同士が繋がるということも想像できなかった時代のことだ。

 

だがしかし、あれから30年。現在、僕がプレイしているこの『スプラトゥーン』は、まさにこの幼少期に夢見ていたゲーム、ほぼそのものだ。

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我々は4人ずつのチームに分かれ、互いの陣地を奪い合い、キルしあう(と言っても銃弾ではなく、インクをかけ合うのだが)。奪い合うのは陣地(エリア)だけではなく、お宝(ホコ)だったり、乗り物(ヤグラ)だったり。武器は水鉄砲やバケツや筆、ローラーなど、列挙に暇がないくらいたくさんさんさんある。そして各自好きな服やスニーカーや帽子を身に着け、キュートでクールなイカ人ボーイor ガールとなって戦争(ごっこ)をする。

おいおい、こんなの……面白くないわけないじゃなイカ!

発売日に即DLしてから、このゲームをほぼ毎日、幼少期の自分に向かって「ほらほら、これがあんたの望んでいたゲームだろ?」と言わんばかりにプレイしまくっている。すると幼少期の自分が、「うん、そうだ、これだよ、これこれ!」と嬉しそうに目をランランとさせて遊んでいるのが見えるし、聴こえる。本当だ。

人が1日に使える時間には限りがあるし、正直、大人になった僕は何時間も立ったままFPSに興じるより、1人でじっくり腰を据えてやるゲームのほうが性に合っている。はずなのだが、この8ヶ月間、そうしたゲームに費やす時間を削りに削ってこのスプラトゥーンに費やしてきた。まるで幼少期の自分を呼び戻し、一緒に遊んでいるような心持ちで……。

 

そうだ、心持ちの違いについて記していたのだった。いつになく幼少期の心持ちになる。それから? 『スプラトゥーン』をプレイしていると、恐ろしいほど時間がびゅんびゅん過ぎ去っていく。おいおい、どうなってんだ……などと口をつきそうになる。

あと30分、もう30分……昼に始めたはずが、窓の外がだんだん暗くなり始めている。同じく任天堂におけるオンラインゲームの雄である『マリオカート8』と比べてワンプレイの時間はたいてい長いのだが、体感時間は驚くほど短い。僕はゲームに対して「時間泥棒」という言い方を全く好まない。こちらが好きでやってるのだから「泥棒」という言い方はないだろう。でもスプラトゥーン』内には明らかに、他のゲームと何か異なる時間が流れているように感じられる。あるいは、面白いFPS(TPS)というのは、総じてそういうものなのか? 僕はこのゲーム以外のFPSは『ゴールデンアイ007』しかプレイしたことがないからな。あとは『DOOM』とか。古くてすみません。

さて、この『スプラトゥーン』の体感時間の特異性(平たく言えば「あっというま!」)についてはもう少し遊んで何かしら掴めたらまた書きます。

*1:※現在2017年。夏に『スプラトゥーン2』発売を控えて、頻度は落ちたものの今もプレイしています。

*2:※2017年現在は1000時間を超えています。

*3:※2017年現在はウデマエA+をキープ。たまにSに上がれるが、すぐに落ちる。

*4:スプラトゥーン2も立ちプレイ予定。