ゲエムと微笑

微笑もてゲエム為す

4月1日 小雨

昨日プレイしたゲーム『ショベルナイト』(WiiU

『ショベルナイト』3度目(3周めに非ず)。クリアした。

さほど感慨はない。なにしろ(3DS版を含めて)3度めのエンディングである。

3度めにしては、けっこう手間取ってしまった。ラスボスの倒し方もすっかり忘れてしまってた。しかし、いったん気づいてしまえば、「ラストなのにぬるすぎだぞ」的ラストバトルが展開される。これは2周めに期待しよう。

「涙腺が緩む」とは言わないまでも、なかなか素敵なエンディングを終え(エンディングもすっかり忘れていた。去年のゲームだってのに)、さらに迎えるべくは、昨年諦めた2周め(装備品は引き継がれるものの、難易度が著しく上がる)とDLコンテンツ(敵キャラによるサイドストーリー)。

はたして、そこまでやれるのかな? 正直、わからない。いやいや、そこまでやるのが3度めを始めた目的だろう。

ただ、発売されたばかりの『マリオスポーツ スーパースターズ』(何を隠そう、私はそれなりにマリオテニスファンである)と、SWITCHでいずれリリースされる『真・女神転生Ⅴ』の布石であろう、破格のセール価格(2500円)でDL配信されている『真・女神転生Ⅳ FINAL』がかなり気になっているんだよ。SWITCHとゼルダブレワイが欲しくとも、なかなか手に入らない輩たちからしたら、「いったいコイツはSWITCHとゼルダを持っていながら何を言ってんだ?」と疎まれるだろうが。

私はゲームにおいて、かなり「移り気」ゲーマーである。それは認めなきゃならない。ともあれ、土/日は早朝から喫茶為事が控えているから、もう寝なきゃならない。きっとまた月曜日に。僕は週末はたぶんほとんどゲームできないが、皆さんにとって、快いゲーム週末でありますよう。

3月31日(金)曇り

昨日プレイしたゲーム WiiU『ショベルナイト』

 ここ数年、所謂「アクションゲーム」(FPS格闘ゲーム含む)をプレイしていると、「いったい、いつから己はこんなにゲームが下手になったのか?」そう思わないわけにはいかない。

昔自慢話をしても仕方がないが、少しだけさせてください。

遥か昔は今とはかなり違ったんです。不思議のダンジョン(古くは『トルネコ』『風来のシレン』)だろうと、テキストアドベンチャー(古くは『ポートピア連続殺人事件』『ミシシッピー殺人事件』)だろうと、RPG(古くは『ハイドライド』『エスパードリーム』)だろうと、格闘ゲーム(古くは『イーアルカンフー』『ケルナグール』)だろうと、レースゲーム(古くは『アウトラン』『ナムコレーシング』)だろうと、己のゲームの腕前と忍耐力は(多少の鯖読みを考慮しても)けっこう「良い線」に達していたように思う。実際、往年のナムコゲー厶(『パックランド』『スターラスター』『メトロクロス』……いつの時代だよw)に関しては、周囲によく感心されていた。いや、ほんに。

例外はパズルゲーム(古くは『ロードランナー』『バベルの塔』)とシミュレーションゲーム(古くは『ファミコンウォーズ』『信長の野望』)で、これは昔から(もちろん今も)どうしようもなく苦手である。あ、コナミスポーツゲームパワプロウイイレ)も、練習すればそこそこ動かせるようになったけど、どちらかと言えば苦手だったな。1998年フランスワールドカップ時(前世くらい遠い昔に感じる)の64版ウイイレを友人たちと何百時間費やしたかわからないくらい遊んだのはそれなりに良い思い出だが。

98年……そう、「自分はゲームがそれなりに上手いのだ」と思えていたのはたぶん2000年くらいまでの話。

 

冒頭の繰り返しになるが、ここ数年、どんなゲームをやっていても、たいてい歯ぎしりするか、歯がゆい思いをしている。いったいいつ頃から、自分の腕前がメインストリームのゲームと乖離し始めたのか?と問うてみると、たぶんPS3/Xbox360が世を席捲する少し前——と言うことは、やはり今から10数年前からだろう。

あの頃、僕は主流の洋ゲーGTAだのディアブロだの)や国産AAA級ゲー(って言うのでしょうか。FFとかダークソウルとかそういうの)から完全に背を向け、ひたすら任天堂ゲーに興じていた。具体的に言うと『Wii Sports Resort』とか『パイロットウィングス』とか『ドンキーコング リターンズ』とかWii Wareゲーとか懐かしのヴァーチャルコンソールを漁ったり……。あの頃の「ぬる任天堂ゲーマー時代」は、それはそれで本来的だったし楽しかったが、昨今の大物タイトル(それらは主にPS4からリリースされる)に対する耐性を培ってはくれなかった。まったくもって。

 

しかし、この『ショベルナイト』などは、僕がもっともゲームの腕前に自負を持っていたFC/SFCの頃の2Dアクション(具体的に言うと『ロックマン』シリーズや『悪魔城ドラキュラ』シリーズ)に(表面上は)限りなく近いゲームなので、これくらいはすいすいと滑るようにプレイしたいところだが、なかなかそうは問屋が卸してくれない。今回2度めのプレイだというのに、すでにため息が50回ばかりオートマチックに漏れるほど死んでいる。

ゲームが理不尽に難しいわけではない。どころか、このゲーム、(少なくとも1周めは)恐ろしいほどの「親切設計」なのだ。とくに、序盤で手に入る或るレリック(ゲージを消費する特殊能力のようなもの)と、ステージ上にふんだんに用意された再開ポイントのおかげで、クリアするだけなら、技術も根気も時間もほぼ要らないように思う。

言ってみれば、1周めは「デモンストレーション」のようなもので、「本番」は、2周めからのゲームである。うろ覚えだが、この2周めと追加DLCがけっこうハードに感じて、昨年、途中で投げてしまったのだ。しかし、今年の僕は、昨年いくらか蓄積された経験によって、少しは昔の自分の腕前に近づいていると信じたい。

今はようやく1周めのラストステージ。とりま今晩、クリアしてしまおう。

3月30日(木)晴れ

昨日プレイしたゲーム SWITCH『ゼルダBOW』 WiiU『ショベルナイト』 PS4ドラゴンクエストビルダーズ

『ショベルナイト』2周目。一昨日から始めて、そろそろエンディング間近。

僕は所謂「トロコン」の類いにはさほど興味がない(基本的にゲーム下手だから最初からあきらめている)のだけど、このゲームに関しては、できる限りコンプリートを意識しながら進めている。頑張れば、自分にもできそうな気がする。去年の初周プレイ時では、レリック(必殺技のようなもの)も譜面(町にいる吟遊詩人に渡せば、1枚につき1曲を演奏してもらえるサウンドテストのようなもの)もろくすっぽ取らずにエンディングを迎えた。

それから数ヶ月後、3DS版も購入した。「なんだって、同じゲームを?」と(ファン以外には)いぶかしがられるかもしれないが、3DS版ならどこでもプレイすることができるし、立体視にも対応している。そのうえショベルナイトのamiiboが付いてくる。買わない手はない。

実際、『ショベルナイト』はかなり素敵なゲームだ。

当方、かなり多くの任天堂ゲーをプレイしてきたつもりだけど、その中でもベスト20には確実に入る。去年、久方ぶりに会った友人の息子(ゲーム好き)に『ショベルナイト』と『星のカービィ ロボボプラネッツ』を両方プレイしてもらって、プレイ後、「どっちがおもしろかった?」と訊いたら、「ロボボ!」と即答していたが。まあ、それはそうだろう。カービィのほうがずっと派手だし、可愛いし、人気者だし。

幼児にショベルナイトの持つ微妙な諧謔と可笑しみが伝わるとは思えない。なんのかんので、『ショベルナイト』の作風がもっとも響くのは、FCアクションゲーム黎明期を通過した大人たちだろう。でも、作風を抜きにしても『ショベルナイト』は瞠目に値するほど良くできた作品だ。世界観とセンスが抜群に優れていて、敷居は低い。往年の2Dアクションゲームの「良いとこ取り」と言ってしまえばそれまでだが、はたして、ここまでのレベルで過去の2Dゲーのエッセンスを消化し、現代でも通用するゲームに昇華された2Dアクションゲームはあっただろうか?(いや、そうあるものではなかろう)もともと小規模インディーゲーの出自である『ショベルナイト』を「発掘」し、独占販売した(amiiboまで出たのはかなり驚きだった)任天堂の目はそこまで曇っていないようだ。たぶん。

 

『ショベルナイト』については、これからもちょこちょこ書くことになるだろうから、このへんにしておこう。

問題(というべきか)は、『ゼルダBOW』で、SWITCH本体記録によると、僕はこのゲームを一応20時間以上プレイしているらしい。が、全然ダメだ。歩いても走っても馬に乗っても馴染まない。楽しめない。世界(ハイラル)に入りこめていない。やればやるほど、入りこめない自分を感じて息苦しくなっている。

ゲーム自体は一級品だ。褒めようと思えばいくらでも褒められる。世間が絶賛(ほぼ)一色になっていることに対してもとくに異論はない。ただ、僕にはどうしても合っていないのだ。『風のタクト』以降のゼルダが自分に響いてこなかったことから鑑みて「青沼氏の作風が自分の好みと合っていない」ということかもしれないし、『GTA』シリーズも昔から好きになれないことからすると、「オープンワールド」という形態が自分に合っていないということなのかもしれない。あるいは「どっちも。」かもしれない。

とにかく、僕はこれ以上、『ゼルダBOW』をプレイするべきではないだろう。明日、GEOに売りに行こう。そうするべきだ。いや、もうちょっと待て。

さて、『ビルダーズ』に関してはもう少し話が複雑だ。

このゲームは少し遊んでみて、端的に「面白い」と感じた。1日中やってる暇があって、やっていようと思えば、苦もなくやっていられるだろう。耳に懐かしいすぎやまこういちBGMはひたすら心地よく、「素材を集めて道具や町を作る」という作業的な行為もアレフガルドでなら楽しめる。常に「おつかい」を頼まれるから「何をすれば良いかわからなくなる」こともない。自己内アレフガル度を脳内補完し、ひたすら歩き回っているだけで、古参ドラクエファンとしては、懐かしい故郷に戻って「町おこし」しているような気分になれる。じつによくできた癒しゲーだ。そして、このゲームを癒しゲーと思えるような自分のようなユーザーこそ、このゲームのまったき「ターゲット」であろう。

しかし。このゲームを30時間ばかりプレイして、「これ以上は続けるべきではない」という結論に至った。しつこいが、「やれ」と言われれば喜んでやっていられる。100時間を越えたら、きっと200時間プレイしてしまう。200時間プレイしたら、300時間は越えられる。たぶん。

しかし、その時間と余力を、僕はまだ見ぬ、新しい刺激をもたらしてくれるであろうゲームに費やしたい。比べるのも野暮かもしれないが、これなら『マインクラフト』や『テラリア』をプレイしながらロウバイしているほうがマシだ(やるかどうかは別として)。しかし、『ビルダーズ』を手元に置いておいたら、きっとちょっとした時間の合間についついプレイしてしまうことになるだろう。それは認めなきゃならない。

そういうわけで、『ビルダーズ』もGEOに売却しようと思う。DL版と迷ったが、パッケ版にしといて良かった……たぶん。

『スプラトゥーン』という名の……

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スプラトゥーン。「ニンテン初のオンラインFPS」(いや、待てよ、Wiiの『007 ゴールデンアイ』があるじゃないか……)という下手な売り文句などゆうに飛び越え、昨年の任天堂における台風の目を担ったこのゲームについて、何かしら書こう、書かねば……そう意気込みながらも、いっこうに書けぬまま、「2015年内にきっと……」のたまいながら日々プレイしているうちに、とっくに2016年を迎えちまった今の私。*1そして、今だってろくすっぽ書ける気がしない。だけど、このままでは来年になっても書けないことは明白なので、とりあえず『スプラトゥーン』について今更ながら雑多に記してみようと思いました。もしよかったらお付き合いください。

 

スプラトゥーン雑感

任天堂は『スプラトゥーン』が会社の命運を左右する、とは言わないまでも、これほどのビッグタイトルになることを発売前から確信していたのか? あるいは発売後に「これはいける」といきなり身を乗り出したのか? それはわからない(たぶん、88%くらいの確信を持ってリリースしたのではないかと推測するのだが)。ともあれ、このゲームのヒットは売り上げ以上に大きい、と僕は考える。企業の「抜本的イメージアップ」は、きっと100万本突破よりもずっと難しいだろうから。スプラトゥーンはそれをやってのけた。イメージを高めながら売りまくり、売りまくりながらイメージを高めた。マリオやピカチュウやどうぶつたちに頼らなくても(いや、もう頼っても無駄なのか……?)新規タイトルで業界をここまで盛り上げることができたのだ。その意義はあまりにも大きい。

さらに任天堂はいつでもこのゲームを遊びたくなるような、あるいは遊ばなくれても忘れ去られることはないような、入念な工夫とプロモーションをこれでもかこれでもか、と盛り込んできた。ブレイクするように、そしてブレイクしてからも「目にかけてきた」。そして、しょっちゅう目にかけられることにたいていのユーザーは喜び、自らゲームの宣伝をしてくれる。

僕自身、スプラトゥーンには相当にのめりこんでいる。昨今発売されたゲームの中でもぶっちぎりに時間を費やしている。昨年末に確認してみたら、プレイ累計時間は400時間を軽く越えていた。ということは、たぶんもうすぐ500時間といったところだろうか。*2まあ、具体的なプレイ時間はたいした問題じゃない。たくさんプレイしたからそのぶん上手くなるわけでもないし(かなり個人差があります)、何かしら目的意識(あるいは向上心)を持たないと、いつまでやっても「ある領域」から抜け出せない。あるいは僕が「下手っぴ」なだけかもしれないが、やればやるほど『スプラトゥーン』をそういうゲームと感じる。門戸は大きく開け放たれているものの、目指す場所に向かう強い意思を持たないと、いつまでもだだっ広い戦場をうろうろ彷徨うことになる。まあ、何も考えずに浮き足立って彷徨っていることが楽しいゲームでもあるのだが、見た目に比べて相当にストイックなゲームであることは確かだ。

そしてこのゲームに存在する数多のファクター。ブキ、対戦相手、味方、ギア装備、立ち回り……これら「組み合わせの妙」によって、戦術と状況に相当多くのヴァリエーションが生まれる。しかし閑を持て余した大学生3年生ならともかく、「持ち時間」の限られた我々中年プレイヤーにとっては、全てのブキやギアの組み合わせを試すことなどまず不可能だろう。いや、時間の問題ではないのか? 僕に関して言えば、500時間もプレイしているにも関わらず、メインで使ってきたブキは2、3種類しかないし、ギア装備もほとんど固定、他のをろくすっぽ試してもいない。こういうのは年齢による保守的姿勢なのか? そうかもしれない。それでも、僕は今でも発売当初と同じようにそれなりにドキ・ワクしながらスプラトゥーンをプレイしている。良く言えばスレていないし、良くなく言えばまるきり進歩がない。500時間やっても未だにウデマエ「A−」から出られないのだが*3(できれば恥ずかしくて隠しておきたい)、新規のおチビちゃんたちには負けんぞ……などと意気込んでゲームパッドを握っている。

冷静になって考えてみると、このゲームに対する僕の心もちは、他のゲームに対するそれとはずいぶん異なるような気がする。たとえば何が?

まず、プレイ中の姿勢が違う。ここでいう「姿勢」とは、心持ちのことではない。スプラトゥーンを、僕はスタンド(立って)プレイしているのだ。立ってやるのがしっくりくるということもあるし、状況によってはゲームパッドをわりに大ぶりに振り回すので、座りプレイだとうまく操作できないんである。*4

たぶん、FPSにおいてこのような「立ちプレイ」はあまり褒められた操作姿勢ではないはずだ。それはわかってる。でも、もうこのスタイルで500時間プレイしてしまったのだし。今更「座ってやれ」というのは、右打ちのバッターに左バッターに転向しろというようなもの。や、もっと違和感あるかもしれない。

だから、僕はこれからも立ってスプラトゥーンをプレイするだろう……立ちっぱの仕事から帰って来てあまりにも疲れていると、やりたくてもやれない時だってあるが、それはまあ、仕方あるまい。そういう時はいつものように座ってできるゲームをすればいいんさ。そうですよね?

さて、軽くググ検してみると、スプラトゥーンを立ってプレイする輩はいるにはいるようだが、比率的にどの程度存在するのかはわからない。たぶん、全体の2〜3割くらいだろう、と(何の根拠もなしに)踏んでいるのだが、実際、どうなのだろう。立ってプレイされてる方、もしいらしたら教えてください。

 

なんだか、さっきからどうでもいいことばかり書き連ねているような気がしてきたな。まあ、何も書かないよりは少しはマシだろう(たぶん)。なので、もう少し続けてみます。

そう、このゲームを立ってプレイしていると、ふと幼少期の頃の記憶がフラッシュバックすることが多々ある。正確には、その頃の「幼心血」のようなものがふつふつとたぎってくるのだ。

 

「陣地取り」とスプラトゥーン

小学校低学年の頃だった。我々は裏山で水鉄砲やおもちゃの剣やカラーバットやら持って、数人対数人で分かれて「陣地取りゲーム」をしょっちゅうやっていた。細かいルールはほとんど憶えちゃいないが(いや、細かいルールなんてなかったのかもしれない)「勝利条件」は、互いチームの陣地(直系2メートルくらいの円。石か何かで囲って印をつける)を先に取った(到達した)ほうが勝ち、というものだった。

我々は怪我や喧嘩を避けるため、水鉄砲が顔に当たったり、敵が手に持っている武器(たいていは柔らかいプラスチック)に「ぴしゃり」と「ばしっ」と叩かれたら、その場でばたんと倒れなくてはならないという、微笑ましいルールを採用していた(それでもたびたび怪我人が出たが)。

見つからないように敵の裏をかいて相手陣地付近に忍び寄り、見張りがぼーっとしている隙を見ておもむろに奪うのがもっともスマートな勝ち方だったように記憶している。思い返してみると、初代メタルギアを彷彿とさせるような、じつに素朴な遊びだった。でも、たぶん男の子だったら1度はこんな遊びをしたことがあるのではないか? ただ、現在の子たちはこんな遊びはできないかもしれない。他の娯楽があまりに充実しているからというのもあるし、現在では(とくに都会では)当時の我々が遊んでいた裏山のような、凹凸ある、だだっ広い遊び場が圧倒的に少なくなったから。環境が子供の遊びを生み出す。それは認めなきゃならない。

話が逸れて……いない。たぶん。続けます。

さて、その頃、すでに外で遊ぶよりも家でファミコンをするほうが好きだったインドア派の僕は、こういうことがゲームでやれたらもっといいのに、と裏山に立ちすくんだまま感じていた。「こういうこと」というのは、隠れたり、水鉄砲を相手に向けて打ったり、水風船を投げたり、ホースで水かけたり、チャンバラをしたり、そんなようなこと全てだ。そんなようなことをゲームの中で実際にできる日が来るなんて当時の僕にはとても思えなかった。何しろ、離れた場所にいるプレイヤー同士が繋がるということも想像できなかった時代のことだ。

 

だがしかし、あれから30年。現在、僕がプレイしているこの『スプラトゥーン』は、まさにこの幼少期に夢見ていたゲーム、ほぼそのものだ。

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我々は4人ずつのチームに分かれ、互いの陣地を奪い合い、キルしあう(と言っても銃弾ではなく、インクをかけ合うのだが)。奪い合うのは陣地(エリア)だけではなく、お宝(ホコ)だったり、乗り物(ヤグラ)だったり。武器は水鉄砲やバケツや筆、ローラーなど、列挙に暇がないくらいたくさんさんさんある。そして各自好きな服やスニーカーや帽子を身に着け、キュートでクールなイカ人ボーイor ガールとなって戦争(ごっこ)をする。

おいおい、こんなの……面白くないわけないじゃなイカ!

発売日に即DLしてから、このゲームをほぼ毎日、幼少期の自分に向かって「ほらほら、これがあんたの望んでいたゲームだろ?」と言わんばかりにプレイしまくっている。すると幼少期の自分が、「うん、そうだ、これだよ、これこれ!」と嬉しそうに目をランランとさせて遊んでいるのが見えるし、聴こえる。本当だ。

人が1日に使える時間には限りがあるし、正直、大人になった僕は何時間も立ったままFPSに興じるより、1人でじっくり腰を据えてやるゲームのほうが性に合っている。はずなのだが、この8ヶ月間、そうしたゲームに費やす時間を削りに削ってこのスプラトゥーンに費やしてきた。まるで幼少期の自分を呼び戻し、一緒に遊んでいるような心持ちで……。

 

そうだ、心持ちの違いについて記していたのだった。いつになく幼少期の心持ちになる。それから? 『スプラトゥーン』をプレイしていると、恐ろしいほど時間がびゅんびゅん過ぎ去っていく。おいおい、どうなってんだ……などと口をつきそうになる。

あと30分、もう30分……昼に始めたはずが、窓の外がだんだん暗くなり始めている。同じく任天堂におけるオンラインゲームの雄である『マリオカート8』と比べてワンプレイの時間はたいてい長いのだが、体感時間は驚くほど短い。僕はゲームに対して「時間泥棒」という言い方を全く好まない。こちらが好きでやってるのだから「泥棒」という言い方はないだろう。でもスプラトゥーン』内には明らかに、他のゲームと何か異なる時間が流れているように感じられる。あるいは、面白いFPS(TPS)というのは、総じてそういうものなのか? 僕はこのゲーム以外のFPSは『ゴールデンアイ007』しかプレイしたことがないからな。あとは『DOOM』とか。古くてすみません。

さて、この『スプラトゥーン』の体感時間の特異性(平たく言えば「あっというま!」)についてはもう少し遊んで何かしら掴めたらまた書きます。

*1:※現在2017年。夏に『スプラトゥーン2』発売を控えて、頻度は落ちたものの今もプレイしています。

*2:※2017年現在は1000時間を超えています。

*3:※2017年現在はウデマエA+をキープ。たまにSに上がれるが、すぐに落ちる。

*4:スプラトゥーン2も立ちプレイ予定。

ドラゴンクエストⅢ そして前説へ……

 

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今から30年近く前、僕が小学校を卒業する1ヶ月半ばかり前のことだ。

卒業式が3月の何日だったかは、忘れてしまった。だが、この日は忘れようにも忘れられない。とにかく猛烈に寒い日だったように記憶している。あるいはぼたん雪が降っていたかもわからない。それは2月10日(木)。伝説的人気RPGドラゴンクエストⅢ そして伝説へ……』の発売日。

 

この日、間違いなく、クラスの大半の男子と僅かばかりの女子(いたのか?)はこのソフトのことしか考えていなかったはずだ。無論、僕も然り。だが、発売日にこのゲームを入手できた幸運な者はそう多くはなかったように記憶している。僕はと言えば、当時親しくしていた近所の小さなゲーム店の主人が取り置いてくれたおかげで(そして快く買い与えてくれた母親のおかげで)、発売日の晩にプレイすることができた。そうしてドラクエⅢとともに、小学校生活最後の1ヶ月を楽しみながら(闇に覆われたアレフガルドのような中学/高校生活のことなど予期せぬままに……)、無我夢中になってプレイした。日数は憶えていないが、卒業式までにはとっくにクリアしていたから、たぶん2週間前後といったところだろう。

 

さて、今日は『ドラクエⅢ』の内容について記すつもりはない。そりゃあ、ドラクエっ子だもの、思い出せることはたくさんさんさんあるし、ノスタルジックな語り口でレトロゲームについてあれやこれや語りまくるならドラクエⅢは絶対に外せないゲームだが、この当ブログはあくまで現役ゲーム好きの日々の所感/雑感を記していくつもりだからな。今んとこ。

では、なぜ「前説」を『ドラゴンクエストⅢ』から始めたのか?

理由はふたつある。

ひとつめ。

筆者がどのような出自の「ゲーム好き」かを知ってもらいたかったから。この時代にFC版ドラゴンクエストシリーズの洗礼を受けた者が書いているブログだということを、読んでくださる(とてもありがたい)方々に先ず知ってもらいたかったのです。

ふたつめ。

じつはこちらの方が筆者にとってはずっと重要なのだが——『ドラゴンクエストⅢ』をクリアした翌日、僕は或る思いを自分自身に、さらにクラス(6ー1)中の同級生に宣言した。以下、たぶん原宣言ママ。

「みんな、オレは、これから死ぬまで任天堂のゲーム(今後も任天堂ハードで供給され続けるに違いないゲームソフトの意)をやり続けるからなっ!」(残念ながら、拍手と歓声は響かなかった)

「死ぬまで『ドラゴンクエスト(シリーズ)』をやり続けるからなっ!」とは言わなかった。言わなかった自分を褒めてやりたい。結局、ドラクエはⅨまでしかやっていないから。

それに思い返してみれば、僕にとって『ドラゴンクエストⅢ』のみが、大人になってもゲームをやめんぞ、と誓わせる唯一無二のゲームだったわけではない。何しろ当時の僕にはナムコ(あの頃のナムコ!)があった。コナミ(あの頃のコナミ!)があった。カプコンカプコンは現在も良メーカーだと思う)があった。

そして言うまでもないことだが——親玉メーカー「任天堂」が君臨していた。思えば、僕は「ファミリーコンピュータ」という凄いハードを作ったばかりか、自社でも多くの素晴らしいゲームを供給してくれていた任天堂という会社に対して、忠誠(に近い心)を誓ったのだと思う。

 

そういうわけで、僕は小学校を卒業してからも、なんやかやありつつもどうにかこうにかテレビゲームなるものをプレイし続けてきた。スーパーファミコンはもちろん、大学生時代はプレイステーションセガサターンもずいぶんやった。初代ポケモンは相当にやりこんだ。そしてポケモンをやりまくったおかげで(せいで?)、大学卒業後は某出版社でN(ニンテンドー)64やポケモン(金・銀に)まつわる雑誌編集をさせてもらいながらゲームを続け、何本かのゲーム攻略本に携わり(あれはゲームをやめてしまいかねないくらい辛い時期だった……)、ゲーム攻略本作成稼業から足を洗ってからもゲームは止められず、PS2ドリームキャストゲームキューブWiiXbox360を購入し、折りみてはプレイし続けてきた。

そしてWii wareでDLした『ニックスクエスト』という横スクロールアクションゲームをプレイしていた明け方、部屋が大きく縦揺れした。東北大震災が起こった日のことだ。その瞬間、僕は「ギアガの大穴」に落ちた時のことを鮮烈に思い出した。ごごご、と地響きがして、ひゅうん、という音がした。翌日、世界はすっかり暗くなり、僕はアレフガルドのことを思った。不謹慎な物言いかもしれない。でも、本当のことだ。僕はGEOで『ドラゴンクエスト123』(Wii)を買い求め、FC版を一気にプレイした。

 

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そして2016年現在、僕の机にはPS3WiiUが鎮座ましましている。12歳の時、ドラクエⅢクリア後に宣言した通り、僕は40歳になった今でもどうにかゲームをやり続けている。任天堂ハードは(据置き、携帯機含め)全て購入してきた。それについて誰が褒めてくれるわけでもないし、べつに褒めてもらおうと思っちゃいないが(むしろ眉をひそめる人の方がずっと多いだろう)、僕はこれからもゲームをやり続けるだろう。生きている限り。できる環境がある限り。そして、所感をここにつらつらと記せる限り。

 

最後に。当ブログはotagameさんという方の『腐れゲー道』というゲームブログに強く鼓舞され、始めました。

昨年、ゲームについて何かしら記す媒体を作ろうと思い、このブログを作ってはみたものの、長いこと最初の一歩を踏み出す足を踏んでいたのですが、この『腐れゲー道』を偶然読んだことが僕の背中を強く押してくれました。otaさんに感謝。

このブログ、本当に読ませます。著者の力強い文章力と、長年付き合ってきたであろうゲーム(なるもの)に対する真っすぐ、かつ屈折した(すみません)、なんだろう……そう簡単にはまとめられない思いが各ゲーム感想文にびしびしと顕れています。君も絶対読むべし。